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謎解き日本のヒーロー・中国のヒーロー(中国編その5)

連番「その12」通算第14回目です。わけあって完全なコピペではなくオリジナルの文章の一部に手を入れました。当時の会員のハンドルを削除するなどしています。日付・時刻を消しているのは、それを示すためのつもりです。

 01888/01889 CXX02375 わっと 中国のヒーローの条件5・口は達者

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 孔子の言葉を弟子達がまとめたものが『論語』であるとか、『毛沢東語録』は『ギネスブック』に「聖書以外のベストセラー」として載っているとか、あるいは三蔵法師玄奘はサンスクリットと唐代中国語のバイリンガルで(あらためて考えるとすごい2大言語だなぁ(^^;)、またおなじみの般若心経の訳者でもあるとか、いろいろありますが、もちろんメインは「故事成語」というヤツでありまして、いにしえの英雄豪傑の口から出た言葉が今に生き続ける例は数え上げればキリがありません。逆に言えば日本の英雄豪傑には「寡黙」というイメージがありますが、そういうイメージは案外日本独特のものなのかも知れません。

 …しかし発言#1854で例にとった日本のヒーローについてあらためて考えると、ヤマトタケルの「吾が妻や」という言葉が「あずま」の語源になったとか義経の「鹿も四つ足、馬も四つ足」とか、案外彼らの言葉も残っているように思えます。してみると「寡黙なヒーロー」というイメージはどうやって形成されたのだろう?案外新しいものだったりして。

98/04/08(水) わっと(CXX02375)

 発言#1854というのは「その1」に貼った文章です。

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春秋時代に長く覇者として君臨した晋は、やがて趙、魏、韓の三国に分裂します。前後して東方の有力国・斉は、主家が大臣の田氏に取って代わられます。さらに、それまで形ばかりは周王家を尊重していた各国の国主が、それぞれ王を名乗り始めます。晋の分裂をもって、春秋と戦国の画期とされます。晋の分裂に際しても興味深い歴史ドラマがあるのですが、ここでは省略します。

 春秋に五覇があるように、戦国は四君が名高いです。春秋五覇はいずれも国主ですが、戦国四君は国主の一族であるものの、自らが国王であったわけではありません。日本史で人気がある時代は戦国と幕末ですが、戦国のヒーローは大名かまたは大名と軍師・参謀のコンビであることが多く、幕末は家老級から下級武士までが幅広く活躍したことを想起します。社会の構造や権力の力学に変化があったことが窺えます。

ただし四君が特権階級に属したことは間違いありません。彼らはその財力をもって「食客三千人」と称される多くの私兵を養っていました。

何より春秋と戦国の差異として目立つのは、春秋が小国分裂の時代であったのに対して、戦国においては分裂の晋や内紛の斉をさしおいて秦が一強体制を築いたことです。

その秦と趙は正面から事を構えました。力の差は歴然であり、趙は長平というところで捕虜となった兵士四十万人を生き埋めにされるという大敗を喫しました。秦軍は勢いに乗って趙の首都・邯鄲を包囲します。

戦国四君の一人、信陵君は趙の隣国・魏の王弟ですが、この事態に危機感を抱きました。このまま趙が滅ぼされたら、次は魏が危うくなるに決まっています。しかし兄王は優柔不断で兵を動かそうとしません。信陵君は自らの私兵だけでも率いて趙の救援に赴こうとするのですが、このとき食客の一人・元門番で年老いてはいるが賢者として名高い侯贏〔こうえい〕が、魏の正規軍の統帥権を奪うという奇想天外な策を授けるのです…

はいはいキングダムキングダム。この時代を題材にしたドラマは、やった者勝ちで、面白くならないわけがないんですよね。私としては、タネ本の一つとして使っている宮崎市定『史記を語る』を、ここで紹介しておきたいと思います。 

史記を語る (岩波文庫)

史記を語る (岩波文庫)

 

宮崎市定は中国史の大権威ですが、一般向けの入門書やエッセイもたくさん書いています。『史記を語る』においては、信陵君の物語を「列伝中の白眉」(P183)としてかなりのページを割いて紹介しています。ただしその事実性においては、疑念を表明しています。

四君の事績は秦代を挟んで、漢の司馬遷の時代に至るまで、既に百数十年を経過しているので、その間に次第に伝説化し、物語化が進んで、どこまでが実録でどこまでが潤飾かが分らなくなって来ている。司馬遷は四君の列伝を記述するに当たり、なるべく現地を訪れて遺跡を探り、古老に尋ねたりしているが、しかし当時に伝わる偶語、すなわち倡優の演ずる劇の筋書を採用せざるをえなかった点も確かに認めざるを得ない。 
(上掲書P183) 

つまり信陵君の物語を演劇のシナリオであるとして、分析を行うのです。

追記:

この項は 次々回のエントリー に続きます。 

www.watto.nagoya

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